前節へ  次節へ
総論―老齢者問題をとらえつつ―
第4章  老後生活の保障
2  定年後の労働条件


    (1) わが国の老齢者の就業状況は第4-5表のとおりで,全産業でみれば,イギリスやアメリカと比較してその就業率はかなり高い。しかしながら老齢就業者の相当多くが第1次産業に就業しているので,その影響を除けばその比率はかなり低くなり,55〜64歳では男女ともアメリカやイギリスを下回り,65歳以上では男子がほぼ同率,女子がアメリカを下回つている。その年次推移を国勢調査でみると55〜64歳の就業率は次第に上昇し,65歳以上の就業率は35年以降かなり顕著な低下の傾向を示している。勤労者が実際何歳で就業を行なわなくなるかを厚生年金保険の受給開始年齢でみても60歳をかなりこえており,過去の推移からすれば今後の傾向としてはなお上がるものとみられている。しかし,従業員30人以上の企業の7割が何らかの形で採用している定年制とこの年金受給開始年齢との間のギャップの問題がある。諸先進国においても,老齢年金受給開始年齢は65歳以上となつており,むしろわが国の場合55歳という低すぎる定年年齢に問題があり,この解決にまずとりくまなければならない。このギャップのため大方のものは定年後不安定な生活を送らざるをえなくなり,昭和42年の労働省の定年到達者調査をみても,その74%が就職し,うち56%は勤務先をかわつている。また,定年到達者の半数が失業を経験している。定年到達者の実態からみると,問題は定年を前後して給与が著しく切り下げられて生活が不安定になること,円滑に職を転ずることができないこと,従前の仕事の経験が生かせないこと,再就職の際は中小企業に移らざるを得ないことにあると考えられる。

    第4-5表 高齢就業者の就業率の3か国比較


     健康保険組合連合会の調査では定年時には世帯主である勤労者の8割が2.5人前後の子どもを扶養しているという。このような子どもをかかえている高齢者層は,定年年齢の到達とともに著しくその収入をレベルダウンし,さきの定年到達者調査によれば,再就職後の収入が,従前の収入より下がる者が75.8%,7割未満に下がる者は42.2%になつている。

     また,定年到達者の2割強は,再就職の必要性があつたけれどもすぐには就職出来なかつたという結果になつている( 第4-6表参照)。

    第4-6表 再就職の有無とその必要性


     厚生年金保険老齢年金の老齢年金受給者のうち,昭和44年または45年に60歳に達するもの1,018名について,過去10年間の退職の状況をみると,

      ア 全体の約7割の者は,年金受給にあたつての退職を除き,この10年間に少なくとも1回の退職を経験しており,また,約3割の者は2回以上退職している。また,昭和45年1月1日現在の標準報酬月額に応じ(ア)3万円以下の者(イ)3万円をこえ6万円未満の者(ウ)6万円以上の者の3グループに分けてこの傾向をみると標準報酬月額((注)厚生年金保険では,保険料および年金額算定にあたり各被保険者の給与が考慮されるが,計算の便宜のために各人の給与そのものではなく,1万円から10万円までの28級に分けられた「標準報酬月額」に位置づけされ,これにより諸計算が行なわれることになつている。)の高いグループほど退職の経験の無い者が多くなつている。

      第4-7表 老齢年金受給者の過去10年間の退職回数別割合


      イ 退職の経験のある者の退職年齢をみると,38.4%の者が55歳ではじめて退職し,ついで56歳(16.1%),54歳(9.3%)の順になつている(第4-8表参照)。

      第4-8表5 2歳以降59歳までの間ではじめて退職した年齢


       ウ さらに,退職から再就職までの期間をみると,6月以下の者が70.4%,6月をこえる者が29・6%となつているが,標準報酬月額グループごとにみれば,6万円以上のグループを除いては,ほぼ35%が6月をこえる離職期間を有している。

       エ また,再就職に伴い標準報酬月額が低下する事例は全調査対象数1,018人につき延べ328件でうち従前報酬月額の71〜99%に低下したものが50%,50〜70%に低下したものが26%であり半分以下になつたものも24%あつた。転職に伴いこのように標準報酬月額が低下する事例は,標準報酬月額6万円以上のグループではほとんどみられない。すなわち,このグループの調査対象数310名についてわずか29件にすぎない。これに対し,最低のグループでは,274につき105件,中間のグループでは434件につき,194件となつている。さらに低収入グループほど,標準報酬月額が半分以下へ低下する事例の割合が大きく,老齢者の低収入が不利な転職と密接に結びついていることを示しており,これは今後の厚生行政上考慮しなければならない問題であろう(第4-9表)。

      第4-9表 再就職の際標準報酬月額が低下する件数割合


       なお,定年年齢は,中小企業では60歳を採るものがかなりあり,大企業の55歳定年と比較して高くなつている。定年に伴い大企業から中小企業に移動する高年勤労者の移動の実態を物語つているものといえよう(第4-10表参照)。

      第4-10表 定年時の企業規模と再就職先の企業規模


       働いている老齢者について労働時間をみたものが第4-11表である。

      第4-11表 性・年齢階級別にみた就業者の労働程度


       きわめて当然のことではあるが年齢が高くなるほど労働時間が短かくなつているが,健康の状況をみると, 第4-12表でみるように,80歳以上で働いている人はかなり健康な状態で働いている。

      第4-12表 働く高齢者の健康状況



    (2) 若干視角をかえて勤労者が60歳前8年間にどのような所得を得てきたかをみてみよう。昭和44年4月1日現在60歳の厚生年金保険の男子被保険者について60歳時点の標準報酬月額に応じて対象者を4つのグループに分類し,過去の標準報酬月額の変動をみると,第4-1図のようになつている。すなわち,60歳時点で所得の低い者ほど標準報酬月額の上昇度合が小さい。

    第4-1図 厚生年金被保険者の報酬の推移


     各歳別の標準報酬月額を,その時の全被保険者の平均標準報酬月額に対する比率で表わしたものでみると年をとるにつれて減少する。その減少の傾向は,60歳時点で標準報酬月額の低い者ほど激しく,52〜60歳までの間に,最低グループの者については,53%までに減少するのに対し,中の下グループでは70%,中の上グループでは74%であり,最高グループでは逆に103%と上昇している(もつとも最高グループについては標準報酬月額上限の頭打ちということも考慮しなければならない。)。

     52歳においては,最高グループと最低グループの差は比較的少なく,最高グループ100に対して最低グループは71となつているのに対し,60歳時点では最低グループの標準報酬月額の平均は最高グループ100に対して45程度と格差はひらいている。

     すなわち,賃金統計では平均的にあらわれている老齢化による賃金の低下の実情は,標準報酬月額でみる限りでは,高所得の者の所得はおおむね変動が少なく過去において常に上位を占めているのに対し,低所得の者の所得は高齢になればなるほど急激に低下し,また過去においても常に低位に位いするという両者の断層がはっきりあらわれていることである。

    (3) 定年到達者や老齢者についての職業紹介の状況は,第4-13表のとおりであり,その就職率は職業安定所の高年齢者コーナーで28.9%,人材銀行で28.4%,高齢者無料職業紹介所で36.1%と,職業安定所の一般窓口の約14.4%を大幅に上回る成績をあげてはいる。しかしながら,その窓口は44年度末では全国で41か所しかなく,就職者の絶対数は約1万3000人にすぎない現状にある。この人々の能力に応じたふさわしい職場を与えることは労働能力の有効発揮,高齢者の生きがいにつながるほか,すでに年金受給者の増大を目前に控えた年金制度の財政にとつても好ましいことである。年金制度においても,たとえば厚生年金保険の福祉制度の一環として老齢者に対し,能力開発や老後の生き方等についての生活指導を行なうことを検討する必要がある。

    第4-13表 老齢者の職業紹介状況



前節へ  次節へ
(C)COPYRIGHT Ministry of Health , Labour and Welfare