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II    労働経済の長期的諸問題―労働経済の今後の課題―
3    物価上昇の内容と背景
(2)    物価上昇の背景


30年代後半から始まった消費者物価の上昇には,人件費などのコスト圧力の増大と需給の緊張などが影響しているが,物価上昇をおりこんだ各段階の取り分については,流通段階の取り分である商業マージンと,生産,流通段階を通じての賃金の取り分が増大してきている。

消費者物価のなかにおける生産者の取り分(消費財およびサービス財1単位当りに占める最終生産段階までの費用総額)と,商業マージン(消費財およびサービス財1単位当りに占める最終生産段階から消費者にいたるまでの流通経費総額。ただし輸送マージンを除く。)を,産業連関表,工業統計表,商業統計表などによって推計してみると,消費財(含サービス)全体としては生産者段階の取り分の増加率が相対的に小さく,商業マージンの増加が大きくなつている。

この傾向はとくに工業製品について顕著で,40〜44年間では,生産者の取り分は11%の増加にすぎないのに,商業マージンは26%増加し,商業マージンの増加が大きくなっている(第73図)。工業製品を加工食料品,家具類,衣服身回品などの業種に分けてみても同様の傾向がみられ,業種間で若干の差はあるものの,各業種とも,商業マージンの増大の方が大きい(第8表)。これに対し,生鮮食料品については,30年代後半には生産者の取り分の増加が大きかったが,40年代にはいってから商業マージンの増加が生産者段階の取り分を上回る傾向がみられるようになってきている。

このように消費者物価の上昇には,商業マージンの増大が一つの要因となっているが,これは,雇用の項で分析したように,流通部門にいぜんとして零細企業が多く,その販売効率が低いために,零細な小売業者などが,商業マージンの拡大によって他部門の所得上昇に追随することが必要であったことに加えて一部の業種によっては生産者から消費者までの流通経路が長いことが影響していると思われる。

第73図 商業マージンおよび生産者取り分の増加状況

第8表 工業製品の商業マージンおよび生産者取り分増加率

たとえば,商業統計によって小売業の商店規模と販売効率の動向を長期的にみると,零細小売業(従業員1〜2人)の比率は,店舗数では35年の71%から43年の66%に,従業員数では同じ期間に40%から32%へと,かなり低下しているものの,その構成比はいぜん大きいし,また,絶対数では増加しつづけている。

しかも,これら零細小売業の販売効率は極めて低く,43年では,小売業全体の販売効率に比し1〜2人規模は半分程度にすぎない。また,その改善の程度も大規模に比べて遅く,規模による販売効率の格差は拡大している(第74図)。消費関連業種のなかには,陶磁器,金物類,靴,はきもの,紙製品などのように,35年以降傾向的に零細企業が減少している部門もあるし,また販売効率についても肉加工品などのように,規模の相対的に大きい店舗以上に改善が進んでいる部門もあるが,全体としてみると,その比重は小さい。

第74図 小売業における規模別販売効率の格差

また,流通経路の長さと商業マージンの変化率をみると,卸売の1段階から直ちに小売段階に入る流通経路の短かいものが多い酒,清涼飲料,くつ,家具,下着等では,30年代後半から40年代前半にかけて,小売価格の上昇が卸売より相対的に小さいのに対し,菓子・パン,紙,陶磁器,婦人服,乾物等,卸売段階が2ないし3段階になっていて,流通経路の長いものが多い分野では,逆に卸売価格より小売価格の上昇が相対的に大きくなる傾向がみられる(第9表)

消費者物価のなかでの賃金の取り分(消費財およびサービス財1単位当りに占める賃金支払総額)は,生産流通段階を合わせると,賃金を除いた生産者および商業者の取り分(生産者および商業者の利益および賃金以外の諸費用の合計)よりも,30年代後半から一貫して増加が大きく,全体としてみると30年代後半からの賃金上昇が消費者物価の上昇に影響したものと思われる。

しかし,生産段階と流通段階では,その程度がことなっている。生産段階では,30年代後半から,賃金の取り分の増加が生産者の利益,諸費用部分の増加より一貫して大きいのに対し,流通段階では30年代後半には賃金取り分より商業者の利益,諸費用部分の増加が大きかったのが,40年代にはいってその関係が変わり,賃金の取り分の上昇がやや大きくなっている。

第9表 流通経路別にみた卸売価格上昇率と小売価格上昇率との差

生産段階においては,賃金の取り分は,35年から40年にかけて47.8%増加し,生産段階全体の取り分の増加(26.0%)を大幅に上回っており,40年代に入っても,その差は若干小さくなっているが,同じ傾向がつづいている(第75図)

第75図 賃金取り分と賃金以外の取り分の増加率

このように生産段階において,賃金以外の取り分の増加率が相対的に小さくなっているのは,消費財関係の中小工業では生産性上昇が低いために,全体的な賃金上昇の圧力がかなり大きかったことによるものであろう。工業統計表などによって消費財関係の中小工業における生産性と賃金の動きをみると,賃金の上昇が各業種ともほぼ同程度であるにもかかわらず,消費財関係の中小工業での物的生産性の上昇率が低いために,賃金と生産性のギャップはかなり大きくなっている(第76図)

一方,流通段階では,30年代後半には商業マージン全体が35年から40年の間に51.3%増加したのに対し,そのうちの賃金の取り分は46.7%増と若干小さくなっており,商業者の利益,諸費用部分の増加が大きかった。40年代に入ると,賃金取り分の上昇の方が若干大きくなっている。しかし生産段階にくらべると両者の上昇率の差は小さく,また流通段階における利益・諸費用部分の増加の方が生産段階のそれよりもかなり大きくなっており,この意味では,流通段階における賃金の上昇圧力は生産段階ほど強くなかったものと思われる。この傾向はとくに工業製品の分野でめだっている。

第76図 中小工業における生産性と賃金の動向

このような生産段階と流通段階を通じての賃金取り分の動きを反映し,消費者物価上昇率に対する賃金の影響は,30年代後半よりも40年代にはいって強まる傾向にある。消費者価格のなかにしめる賃金取り分の割合によって,消費財の労働集約度を推計し,労働集約度の大きさと物価上昇率の関係をみると,30年代後半には物価上昇率が必ずしも労働集約度に応じて高くなるという関係はみられなかったが,40年代に入ると労働集約度が高いものほど物価上昇率が大きくなるという関係が明瞭にあらわれるようになっている(第77図)

第77図 労働集約度別にみた消費者物価上昇率

なお,サービス部門についてはもともと賃金の取り分の割合が相対的に大きいうえ,その増加率も高く,賃金上昇の影響は30年代後半から40年代にかけて,若干強まっている(第10表)

40年代の消費者物価の上昇は,商業マージンの増加と,このような賃金上昇の影響のほか,後述する需給関係,価格形成上の問題の影響が大きいのが,特徴といえよう。

消費者物価上昇の過程で商業マージンが増大しているのは,消費需要の堅調な上昇による需給の緊張と,価格形成の慣行などが影響していると思われる。

まず,需給関係と物価上昇の関係をみよう。全体の消費者物価上昇のなかで,その品目だけ価格上昇がなかったと仮定した場合の潜在的消費需要量と,実際に実現された消費量とのギャップを推計し,それと消費者物価の上昇率を比較してみると,42年から45年の間では,概してギャップの大きい品目ほど,物価上昇率が大きくなる傾向がみられる(第78図)

ギャップのほとんどない品目の価格上昇率は,42〜45年間の消費者物価全体の上昇率(3年間で19.7%,年率で6.1%)より低いものが多いのに対し,ギャップが3割以上の品目はすべて物価全体の上昇率を上回っている。42〜45年において消費者価格の上昇率が相対的に大きかった生鮮魚介,加工食品,乾物・海草などについては,42〜45年に家計の実質消費量が減少しており,これは,潜在需要がかなりあったにもかかわらず,供給不足などによって価格が上昇し,消費が抑制されたことを示している。

第10表 最終消費者価格の内訳

もっとも,後に生活の項で述べるように,最近の急速な所得改善の過程で,消費内容の高級化,多様化が進み,価格の変動とあまり関係なく消費量が増加し,それが価格上昇を支えている品目があることも見逃せない。たとえば,外食,家賃,教養娯楽などは価格上昇が大きかったにもかかわらず家計の実質消費がかなり増加しており,これらの分野では,所得の上昇にともなう消費増加の効果が大きいことが,価格上昇の背景となっているとみられる。その一方,飲料,家具などは消費内容の変化にともなって需要が増大している分野であると思われるが,これらの部門では価格上昇率はそれほど大きくなく,これは需要の増加に対して,供給の適応が比較的円滑であったことを示していると思われる。

第78図 潜在需要超過率と消費者物価上昇率

農産物などについては,天候などによって供給量が変化するため,年によって需給関係が変動することは,ある程度さけられない面もあるが,全般的な所得上昇のなかで,消費が急速に増大する分野については,物価安定のために,供給の安定的,弾力的な増加をはかる必要がある。

また,以上のような需要の緊張にくわえて,価格形成に関する種々の制度的要因が消費者物価上昇に及ぼす影響も強まっていると思われる。

価格形成に関する制度的要因としては,各種カルテル,価格支持制度,再販売価格維持契約などがあるが,わが国の消費財,サービスのうち,なんらかの形で,これらの制度の適用を受けるものは約5割を占めている(付属統計表第145表)。

これらの制度は,本来は過当競争の防止と,日常品の品質保持などをはかることを目的として始められたものであり,ひいては価格安定に資するものであるが,そのなかには最近の旺盛な需要と結びついて価格引上げを可能にする条件として働らいてきているものもあると思われる。

また,これらの制度的要因は,流通段階の価格形成に関するものが多いので,それらは商業マージンの増加を支える機能もはたしていると思われる(第11表)

第11表 消費者物価対象品目中カルテル,再販品目の物価上昇率

以上のように,最近の消費者物価の上昇には,個人消費の堅調を背景とした需給の不均衡,賃金コストの上昇,流通部門,農業などにおける構造改善の遅れ,部門によっては硬直化した価格形成などが要因となっており,これらに対する総合的な対策が必要といえよう。


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