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第二部    各  論
(補論)   労使関係の動向とその特徴
(8)   注目された争議
(ハ)   近江絹糸


四三 二九年六月に発生し,九月に妥結した近江絹糸の争議は,発生の原因,争議の型態等において,一般に考えられている労使関係の現状からはきわめて異なつたものが与られ,注目をあびた。

争議の端緒は,五月二五日,大阪本社の従業員約二〇名が全繊指導のもとに「近江絹糸紡績労働組合」を結成,組合規約の制定,全繊加入,執行部選出を行つたことにはじまる。六月二日本社を中心に近江絹糸紡績労組総けつ起大会を開き,「格子なき牢獄」に呻吟する奴隷労働に終止符を打とうとの宣言を発し,万場一致でつぎの二二項目の要求を決定した。

    (1)われわれの近江絹糸紡績労働組合を即時認めよ。

    (2)会社の手先である御用組合を即時解散せよ。

    (3)会社が指名する労働者代表者の締結せる一切の規定を撤回せよ。

    (4)拘束八時間労働の確立。

    (5)タイム・レコーダーの即時復活と残業手当の支給,賃金体系の確立。

    (6)合理的退職金,旅費,宿直費規定の設立。

    (7)有給休暇,生理休暇の完全実施。

    (8)食堂の完備,更衣室の新設,社宅並びに寮設備の改善拡充等福利厚生施設の充実。

    (9)寄宿舎の完備,専門寄宿舎,専門掃除夫及び各寮の専属炊事係の即時配置。

    (10)仏教の強制絶対反対。

    (11)夜間通学等教育の自由を認めよ。

    (12)結婚の自由を認めよ,別居生活を強制するな。

    (13)ハイキング,音楽,映画サークル等一切の文化活動を認めよ。

    (14)労働強化を強制する各種対抗競技を廃止せよ。

    (15)人権をじゆうりんした信書の開封,私物検査を即時停止せよ。

    (16)密告者報償制度,尾行等一切のスパイ活動及びスパイ活動強要をやめよ。

    (17)外出の自由を認めよ。

    (18)工場長に強要して行わせる月例首切反対。

    (19)各課最低必要人員の即時補充。

    (20)重役の人格を無視した言動及び仕末書濫発の禁止。

    (21)自動車部員の社内寄宿を廃止し社外寮にひき移すこと。

    (22)自動車に対する傷害保険の即時加入。

四四 争議発生前の会社の労務管理は近代化されていない面が多く,また昇給率その他労働条件も十大紡に比して低く,労働組合も御用組合であるといわれていた。近江絹糸株式会社は大正六年資本金五十万円で設立されたものであるが,戦後急速に拡張しで,昭和二八年資本金一〇億円,従業員一三,〇〇〇名となり,わが国紡績界の五指に数えられるまでに発展した。

四五 争議の経過は大要つぎのとおりである。要求書提出後,組合側は全繊代表を加えた団交を要求したが物わかれとなり,六月四日無期限ストに突入した。本社組合の結成を機として新組合の各工場支部がつぎつぎに結成され,一方,外遊から急ぎ帰国した夏川社長は,組合結成は全繊の陰謀によるもので大半の従業員に会社を支持しているとして強硬な態度をとり,ピケ隊を実力で突破したために各工場で大乱斗が行われた。かかる事態を憂慮した小坂労相は,この争議の斡旋を財界の千金良,堀,岸三氏に依頼したが,会社側は,ピケ即時解除と全繊不参加を団交開始の条件としたためまとまらず,七月十三日三氏は斡旋打切りを声明した。七月十七日中労委は,職権斡旋と不当労働行為審は間対策を決定,その後第一次斡旋案を労使とも受諾したが,工場再開をめぐり紛争が生じ,第二次斡旋案まで提示されたが,全繊審はこれを第九回定期大会において拒否し),夏川一族退陣まで斗うとともにILO調査団の派遣を要請することを決定,中労姿も一応斡旋を打切つた。なお,第一次斡旋後,人権侵犯と労働基準法違反については政府が調査の上その是正措置をとつた。

四六 この間,国際的にも近江絹糸の問題が反響をよび,また,自殺者,発狂者などの犠牲者を出すなど激烈な様相をおびてきて,事態を放置することが許されない状態となつたので,株主である住銀頭取堀田氏も斡旋にのり出し,会社側,組合側は,九月上旬再び中労委に再斡旋を申請,中労姿の提案した第三次斡旋案を双方受諾して,九月一六日争議は一〇七日ぶりに解決をみるにいたつた。

第三次斡旋案の大要はつぎのとおりである。

    (1)近江絹糸紡績株式会社は全繊加盟の近江絹糸紡績労働組合をみとめ,これを相手として十大紡なみの労働協約を締結すること。

    (2)人権に関する事項についてはこれを改めること,また,労働条件,人事条項,福利厚生条項については社会的水準にてらし,合理的に規定を設けること。

四七 以上述べたごとく,この争議が他の争議から異つた点はつぎのとおりである。

    (1)争議の要求事項の内容が,経済要求のほか,他にみられない仏教強制反対,信書の自由,結婚の自由等人権に関するものが表面にだされたこと。

    (2)争議の開始以来,会社側は団体交渉を拒否する一方,臨時人夫団をもつてピケ隊に対抗させるなど,およそ前近代的な手段を講じ,組合もまた工場を占拠するなど争議は長期かつ熾烈な様相をおびたこと。

    (3)組合側は全繊同盟,全労会議等直接の上部団体が主力をそそいだほか,総評からも共斗の申入れがあつた。海員組合は近江絹糸製品輸送の拒否を決定するなどの支援を与え,まだ,国際労働組織(国際自由労連,国際繊維同盟,ドイツ繊維労組,英国繊維労組等)の支持もあつたのに対して,会社側は,日本紡績協会はじめ使用者団体の協力を得られず孤立したこと。

    (4)長期かつ激しい争議であつたが,世論が組合を支持したこと。

四八 なお,近江絹糸の争議は,妥結後事後処理について団体交渉を行つたが,交渉は行きづまりの状態となり,近江絹糸労組が会社側に抗議文を発すると同時に,全繊から一〇月二〇日中労委に対し,協定事項は実行されておらず「このままでは,再びスト態勢をとらざるを得ない」として善処を要望した。一一月上旬組合側はスト権を確立,会社側の回啓を不満として,情勢は再び険悪化したが,ユニオン・ショツプ締結,三〇%ベース・アツプ承認,年末一時金支給などにより問題は一応解消した。


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